今回は昭和12年(1937年)に国風会から発行された「國家總動員」( 国家総動員 )だが、まずは興味深い巻末付録から始めたいと思う。
国風会会長は上泉徳弥(1865~1946)提督。
巻末付録の1つが以下の防空ネタだが、これも当時の歴史を知る役に立つんじゃないかな。
序
皇租肇國以來 皇統連綿三千年、畏くも上は一天萬乘の 至尊を始め奉り、下は我等祖先の忠勇義烈億兆心を一にして、身を挺して元寇を始め、日清、日露の大役と幾多の時艱を克服し、天壤無窮の 皇運を扶翼し、世々其の美を濟し、我が 皇國今日の繁榮と興隆を觀るに致れり。
今や我國は開闢以來未曾有の國難に直面し、皇軍の勇士は暴支膺懲の寳劍を振翳し、北支に中支に、又南支に日夜奮闘力戰、赫々たる武勳を立て、我が國威を世界に宣揚しつゝあり。銃後に在る我等國民は、之等護國の勇士と護國の英靈に對し、滿腔の敬意と感謝の意を表すると共に、銃後にありては眞に擧國一致、國家總動員の實を収め、堅忍持久、國力の向上と國防の充實とを期し、滅私報國の誠を以て如何なる障礙をも克服し、此の非常國難の打開に勇往邁進せざるべからず。
然も今次の支那事變に徴しても、戰局の勝敗如何は懸つて防空にあることを想ひ、官民協力、意を防空施設の充實と訓練とに傾倒し、何時如何なる空襲を受くるとも國民一丸となつて、彈雨の間に立ち、飽くまで屈することなく、國難に殉ずるの一大決意を以て斷乎之を撃滅し、禍根を宇内より一掃して、東亞永遠の平和を完成し、以て 皇租皇宗の御聖旨に答へ奉り、國家千年の大計を確立せざるべからず。
今後の時局一層重大なるに鑑み、敢て不敏を省ず、茲に國民防空必携を録して、大方各位に對し防空資料の一助たらしめんと欲す、是れ本編を記述せる所以なり。
昭和十二年十一月
國風會副會長 江藤哲二 識
國民防空必携( 国民防空必携 )
一、防空の意味
防空なくして國防( 国防 )なし、万事を措いて先づ防空へ! とは世界を擧げて( 挙げて )叫ばれて居る現状である。近代の戰爭( 戦争 )は空襲が、敵の死命を制するまでの威力を有するに至り、空襲に於て投下せる爆裂彈( 爆裂弾 )、毒瓦斯彈( 毒ガス弾 )、燒夷彈( 焼夷弾 )等の惨害は實に( 実に )劇烈なるものがある。而して、之れが防禦( 防御 )の設備と、國民の空襲に關する( 関する )智識の有無と、防禦訓練の如何とは、其の惨害を受くる程度の上に、大なる關係( 関係 )を有することは、歐洲大戰( 欧州大戦 )の際に於ける、獨逸のツエツペリン飛行船が、巴里( パリ )や倫敦( ロンドン )を襲撃した場合の事實( 事実 )に徴しても又今次の支那事變( 支那事変 )に於ても、國防の將來( 将来 )は空中戰( 空中戦 )にありと云ふことは、極めて明確である。
殊に又戰略上( 戦略上 )より見て、空襲の行はるゝのは、何れも敵國( 敵国 )の政治、教育、經濟( 経済 )、產業( 産業 )等の中心地たる主要都市が目標となることは今更云ふ迄もなく、從つて( 従って )我國に於ける六大都市を始め重要都市は、當然空襲を覺悟( 覚悟 )し豫め( 予め )、防空の訓練と防護設備とを怠つてはならぬ。
皇都東京は今迄防護團( 防護団 )を編成して、聯合( 連合 )の防空演習を擧行( 挙行 )し、主として防護團員の訓練に努めて居たが、今次更に、家庭防火群の編成を見るに致り、家庭の者も防護團に加はり、全市民が一丸となつて、徹底的な國民防空に從事することゝなり、其の防護陣も愈々本格的に心強いものになつたことは、洵に欣快に堪へない次第である。
然し、防空に任ずる者は、軍人が戰場( 戦場 )に於て敵と砲火を交ふると同じく、一死報國、水火をも辭せざる勇猛心がなければ、如何に訓練が行届いて居ても、此の犠牲奉公の精神( 精神 )に缺けて居たならば、いざと云ふ時、腰抜となり、何等の働きも出來ぬのである。
斯く、組織だけは出來ても、一般家庭が現下の戰時状態に於て、空襲に對する覺悟と、防空に關する知識と訓練とが、どれだけ精到せられ居るや甚だ寒心に堪へざるものがある。
防空、防空と口に如何に叫べども、敵機は退散も、墜落もせぬのである、言ひ易く行ひ難きは實に防空である。
我等は今後の國防は防空にあることを思ひ、銃後に在る、國民一丸となつて、防空に當り( 当たり )、如何なる空襲有り共、屈することなく、宜く之れを擊滅( 撃滅 )して、有終の美を全ふし、皇道を宇内に宣布して正義世界の平和を完成し、以て我が民族數千年來傳統( 数千年来伝統 )の一大死命を遂行しなければならぬ。
二、警報
警報には、空襲警報と防護警報との二つがある。
敵機の空襲を豫期して、防空、防護の準備と用意を警告せらるるものを警戒警報と云ひ、愈々敵機の襲來を警告せらるゝものを空襲警報と云ふ。
然して、警報告知の方法は敵機が襲來すれば、「サイレン」や「汽笛」を十囘鳴らし、又電燈が三囘以上消へたり、ついたりする、或は半鐘を四返づゝ打鳴らし、花火を打ち上げ、一方ラヂオで知らせ傳令( 伝令 )を驅け廻らせて( 駆け回らせて )、敵機の襲來( 襲来 )を一般に告げしむる等のこともある、又夜間突然敵機襲來し、空襲警報の間に合はぬ時、發電所( 発電所 )等の電元を斷ち( 断ち )、送電を中止し統一管制を行ふこともある。
敵機が逃ぐれば、サイレンや、汽笛が一分間鳴る。又打上花火、ラヂオ、傳令等で知らせる。
防護警報は空襲があつて、或場所に毒瓦斯が落ちた時、附近の防護團員が、太皷や拍子木で之れを知らせることになつて居る。
燒夷彈( 焼夷弾 )が落され、火災が起こつた場合には、バケツや金盥等を叩いて防火群に知らせる。
防護解除の警報は前と同じで、一般に安心して空襲以前の状態に返り、夜なれば燈火管制より警戒管制の状態に戻ると云ふことになつて居る。
三、防護の應急手段( 防護の応急手段 )
警報を聞いたならば、晝でも( 昼でも )夜でも、各家庭では豫て( 予て )定めてある、各防火群の防火擔任者は、直ちに門先に出て何か自分の家に落ちるかどうかを見張らねばならぬ、勿論實戰( 実戦 )に際しては防毒面( ガスマスク )の準備が必要である、此の防火群が投下される燒夷彈の第一線に立つて、防火に當るのであるから、郡内一丸となつて眞劍( 真剣 )防火に努むれば、家毎に消防がついて居る様なもので燒夷彈も大震災と戰ふつもりで居れば大して驚くに足らぬことになる。
尚此の際、老幼者丈は計畫( 計画 )通りの場所に避難させ、速かに防火防毒の準備を整へねばならぬ。
夜は燈火管制( 灯火管制 )を行ひ、燈火、火焔、マツチ、煙草の火に至る迄凡ゆる火を制限隠蔽して敵機に對し爆擊( 爆撃 )目標を隠蔽し、其の攻擊力( 攻撃力 )を減殺せしめることに努め、又た毒瓦斯が撒毒せられた時は家に居るものは直に毒瓦斯の侵入を防ぐべく、防毒施設を構じて後仕事を續ける( 続ける )、外に在る者は防毒面防毒衣等を用ひて、毒瓦斯を吸ひ込まぬ工夫をする、そして毒瓦斯撒毒の中に於ても防火防毒に努めねばならぬ。
次に燒夷彈を落されたり、火災の起つた時は、落着いて早く應急の處置( 応急の処置 )を執り消火に努め、又避難所へ避くる時は、先づ火の始末を爲し置き、すべては防空司令部、警官や防護團員、群長等の指圖( 指図 )に從ひ、冷靜( 冷静 )事に當り、最も敏速に行動しなければならぬ。
四、防空の三綱目
防空は第一に敵機の襲來に際し、襲擊( 襲撃 )の目標を認め能はざるやうにせねばならぬ、それは即ち燈火管制である第二に燒夷彈を投下され、火災が起つた場合は、家庭の防火群と防護團が互に協力して防火に努力せねばならぬ。そして又各自に注意して自分の家から、出火等のことなきやうに心掛くべきである。第三には毒瓦斯を撒かれたならば、防毒面、防毒衣、ゴム長靴、ゴム手袋等を用ひ全身を防護し然る後防毒作業に努めねばならぬ。
左に其の豫備知識の一端として爆彈( 爆弾 )、燒夷彈( 焼夷弾 )、毒瓦斯彈( 毒ガス弾 )等の種類と其の効力を述べて見る。
五、爆彈の種類と其の威力
一、破片爆彈( 破片爆弾 )
破壊の役目も果し得るも、主として地上又は物體上( 物体上 )に於て破裂し、其の破片が傘形に直經( 直径 )百米( メートル )乃至ニ百米迄の圓内( 円内 )に飛散し、人畜を殺傷するを以て目的とせるもので、中には破片の外に小鉛彈( 小鉛弾 )を入れて飛散せしめるものもある。目方は普通十瓩( キログラム )から二十五瓩迄のものが多い。
二、地雷爆彈( 地雷爆弾 )
主に强度( 強度 )の破壊力を必要とするビルデングの如きものに投下し、之れに侵徹破裂せしめ大なる破壊作用と同時に毒瓦斯、燒夷等の威力をも發揮( 発揮 )し、人畜を殺傷せしむるもので、目方は五十瓩から千瓩までのものが多く、中には千八百瓩と云ふものもあるそうである。
三、破甲爆彈( 破甲爆弾 )
彈頭( 弾頭 )を特に堅固に、彈肉を厚く作られて居るもので、強硬堅牢なる物體に投下して、擊突侵徹せしめ、爆發破壊作用を發揮せしむるを以て目的とせるものである。
從つて敵機襲來に際しては衣服等も空中から目につかぬものを着、一ヶ所に集合せざる様注意しなければならぬ、然も之等の爆彈は數十機の編隊で連續( 連続 )投下して爆彈の雨を降らすことがある。之れが百發百中とは行かなくとも今日の爆擊技術を以てすれば、七八割の命中率は覺悟せねばならぬのである。然して、此等の爆彈は、三千粁( キロメートル )以上の航續力( 航続力 )を有する、輕爆機( 軽爆機 )で七百瓩、重爆機で約五千瓩を携行し得ると云はれ、殊に我國の如き木造家屋にあつては、百瓩迄の輕爆彈で充分其の目的を達成し得べく、從つて重爆機なれば百瓩を五十個、輕爆機なれば五十瓩を十四個、積載し得るを以て、此れが數十機乃至は數百機の編隊で四方から襲撃し來るとせば其の被害や又甚大なるものがあるであろう。我等は近き將來に於て、必ずや此の一大試錬に直面することを覺悟し、擧國一致( 挙国一致 )、國民最後の一人となる迄、國難に殉ずるの決意を以て、防空、防衞( 防衛 )に當つたならば「千萬の空軍、何者ぞ」である。
六、燒夷彈の種類と其の威力
燒夷彈( 焼夷弾 )には、テルミツト彈( テルミット弾 )、黄燐彈( 黄燐弾 )、ベンゾール彈( ベンゾール弾 )、エレクトロン彈( エレクトロン弾 )等がある。此等は各燒夷劑( 焼夷剤 )を以て二千七百度乃至三千度の熱を出し周圍( 周囲 )の物を燒き拂ふもので、重さは十瓩から二十五瓩までのものである。
中でもエレクトロン彈の如きは彈體( 弾体 )そのものがマグネシウム九六%、アルミニユーム四%より成る輕合金で作られて居り、彈體そのものが二千度乃至三千度の熱を發する上に、彈體内には燒夷劑テルミツト( 焼夷剤テルミット )を充填してあるため、その燒夷力たるや恐る可きものがある。
此等燒夷彈は都市空襲の場合には全市致る處に投下して諸處に火災を起さしめ、消防力を分散せしめ統制を破る目的に使用される從つてこれが空地、河、池、道路等に投下された場合には殆んど効力が無く、可燃性物に命中した場合に於てのみその威力を發揮する。我國の如く燃え易い木造家屋の都市に投下された場合其の被害や又甚大なるものがあるであろう。
次にこの燒夷彈は落下後、一分三十秒間位が、火力最も強く、十五分間にして、全部溶解消失するもので、落下の瞬間、數秒内( 数秒内 )に、此れを處置( 処置 )せざれば、一大災事を引起すことになる。
然らば一朝有事の際には、如何なる處置を採ればよいかと言へば、先づ、ガスの元栓、其他凡ての火氣( 火気 )を消失し、老者、子供、病人等は避難室又は、防毒蚊帳内に避難せしめ、働き得るものは、皆防毒、防火の服装をなし、燃え易き(障子、襖の如き物)家具類は之れを整頓し、尚ほ重要書類は全部一まとめとして燒失せざる様適當なる方法を構じ、水道に依る注水準備は勿論、常に用水桶に水を貯へ、水を入れたバケツ、消火器消火用ポンプ、水浸しの莚數枚( 数枚 )、二硫化炭素、砂シヨベル等を用意して平窓、廊下等の要所々々に置き、燒夷彈が投下された場合には數秒を出でない中にシヨベルを持つて表の道路又は水溜、空地等に燒夷彈を抄ひ捨てるか或は水浸しの布團( 布団 )でくるみ捨てること、これが出來ない場合には、燒夷彈の上及びその周圍に砂をかけ、更に延燒( 延焼 )を防止する爲に周圍の物に水を注ぎ、消火劑( 消火剤 )を撒布する等、適宜消火の方法を構じ、小火の裡に消し止めるを最上目的とし、群内一致速かに類燒を防ぐ處置を構じなければならぬ。燒夷彈の延燒は極めて迅速なるを以て、凡て此等防火動作は最も、敏速に行はれなければならぬのである。
一部の漢字は原文と違います。
この「国家総動員」は昭和12年の出版であり、「国民防空必携」はその付編であるが、これによって、空襲に関する認識が、この時点で何れだけ有ったかが良く判る。
先ず、精神論から入るのが、いかにも戦前だが、この部分で重要なのは、焼夷弾について説明されている箇所だ。
種類と威力の説明も細かいが、この焼夷弾への対処法を読むと、落下後数秒で三千度近い熱を発する物を、シャベルですくったり、濡れた布団でくるんで捨てる等恐るべき方法が書かれている。
こんなことをすれば犠牲者が増えるだけだと思うが、後の太平洋戦争の空襲の被害を思うと、その歴史の根源はここに現れていた様だ。
1.5へ続く…( 次のページ )
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